静岡地方裁判所沼津支部 昭和33年(ワ)382号 判決 1963年6月03日
主文
被告は原告岩田信明に対し別紙第一目録記載の不動産につき、原告沼津塩業株式会社に対し別紙第二目録記載の不動産につき、右第一、二目録記載の不動産を共同担保として、被告のため静岡地方法務局沼津支局昭和二九年三月一五日受附第一四六三号を以つてなした根抵当権設定登記の抹消登記手続をなせ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、其の請求原因として次のとおり陳述した。
一、訴外岩田喜作は昭和二九年三月一五日被告と元本極度額一三〇万円の手形割引貸付契約を結び、その際原告岩田は右契約に基いて生ずべき右喜作の債務を担保するため被告との間において存続期間を定めず同原告所有の別紙第一、二目録記載の不動産を共同担保とする根抵当権設定契約を締結し、同日主文第一項記載のとおりの根抵当権設定登記手続を了した。
二、(一) 而して前記根抵当権設定契約は同年五月七日原告岩田と被告間に合意解約された。
(二) 仮に右合意解約がなされなかつたとしても、原告岩田が右喜作のため前記根抵当権を設定したのは右喜作から同人が昭和二八年秋頃より営業不振に陥入つたのでこれが営業の建直しのためには被告と取引の枠を拡大して融資を得る他ないから援助して欲しい旨他ならぬ実弟からの懇願からによるものである。然るに右喜作の営業状態は依然立直らない許りか同年四月中旬には支払停止し、同年五月五日には遂に債務過多により債権者会議が招集され、その善後措置を講ぜられるが如き破産状態に立ち至つた、そのため原告岩田は右喜作の将来が頗る不安であつたのでその直後の同月七日被告に対し前記根抵当権設定契約を解除すべき旨告知したから同日当該契約は解約されたものである。
(三) 従つてその当時における残債務額において債務は確定し前記根抵当権は確定した右債務を担保するため普通の抵当権に変じた。
三、仮に右主張が理由なしとするも、同月中旬被告と主債務者たる右喜作との間において基本たる前記手形割引貸付契約は合意解約され当該契約は終了して右喜作の債務は確定し、前記根抵当権は確定した右債務を担保するため普通の抵当権となつたものである。
四、従つて原告岩田が被告に対し責任を負うべき範囲は少くとも同月中旬以前に生じた債務のみに限定さるべきところ、当時右喜作が被告に対し負担していた債務は(一)商業手形割引関係の債務が金六五万円、(二)手形貸付関係の債務が金二九〇万円であるが右(一)の債務については昭和三〇年九月二六日から昭和三一年九月二四日迄の間前後六回に亘り弁済し全額支払済であり、右(二)の債務については昭和三三年六月五日迄に完済されたものである。
従つて昭和二九年五月中旬以前に発生した主債務者右喜作の被告に対する債務が完済された以上、前記根抵当権も消滅に帰したものと云うべきである。
五、ところで原告沼津塩業株式会社は原告岩田から別紙第二目録記載の不動産を昭和三二年九月一二日買受けこれが所有権を取得し、右不動産の内沼津市本字白銀町四八六番の三、宅地五二坪については同年一〇月二日に、内右同所四八六番の四、宅地四九坪については昭和三三年四月二日に各所有権取得登記手続を了した。
六、よつて原告岩田は別紙第一目録記載の不動産につき、原告沼津塩業株式会社は別紙第二目録記載の不動産につき各所有権に基き被告に対しこれが根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ次第である。
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり陳述した。
一、原告等主張事実中一の事実、四の事実のうち原告等主張の日以前における原告等主張の債務については原告等主張のとおり全額支払済であること、五の事実のうち原告岩田から原告沼津塩業株式会社に対し別紙第二目録記載の不動産につき原告等主張のとおりの所有権移転登記手続がなされていることは認めるが原告等主張の二の(二)の事実のうち原告岩田が喜作のため本件根抵当権を設定するに至つた経緯については不知、その余の事実は否認する。
二、仮に原告等主張のとおり本件根抵当権設定契約を解約する旨意思表示をしたとしても、告知権の認められない本件においてはこれが解約の効力は生じない。即ち根抵当は主債務者が債務過多等で破産状態になつた場合に告知権を認められる根保証とは同一に論ぜられない、蓋し根保証の場合には保証人の所有財産の総てに無制限に負荷されることになるのに対し根抵当においては担保物件も特定し、しかも極度額迄定めてあるからである。ところで根抵当の場合においても告知権が認められるものとしては只被担保債権が全く存しないときに限りこれをなし得るものであるところ、右解約告知当時被告は右喜作に対し前記基本たる手形割引貸付契約に基き計金三三五万円の債権を有している、仮に一歩を譲り被担保債権があつてもなお告知し得るとしても、これがためには少くとも正当の事由がなくてはならない、然るに原告等が主張するように原告岩田はその実弟である右喜作から同人が既に事業に失敗した後その経営建直しの資金を借入れるため被告と取引の枠を拡大して融資を得る他ないから援助して欲しい旨懇望され、その実状を了知した上これを承諾し本件不動産につき右根抵当権を設定し被告に対し建直し資金の融資方を要請したものであつて被告はこれに基き右喜作に対し貸付を継続して来た。然るに原告岩田は前記事情にも拘らず右喜作の業績不振を理由に右契約締結後僅か一カ月余にして本件根抵当権設定契約を解約すると云うのであり、到底正当の事由ありと云うことはできない。
三、仮に原告等主張のように原告岩田において本件根抵当権設定契約について告知権を取得したとしても、当該告知権の行使は前記二記載の事情のもとにおいてなされたもので信義誠実の原則に背反するもので権利の濫用として許されざるものである。
四、以上の次第で本件根抵当権設定契約はなお有効に存続しているから原告の本訴請求は理由がない。
原告等訴訟代理人は被告の抗弁は否認すると述べた。
証拠(省略)
理由
一、訴外岩田喜作が原告等主張の日に被告と元本極度額一三〇万円の手形割引貸付契約を結び、その際原告岩田が被告と右契約に基いて生ずべき喜作の債務を担保するため同原告所有の原告等主張の物件を共同担保として原告等主張の内容の根抵当権設定契約を締結し、同日原告等主張のとおりの根抵当権設定登記手続を了したことは当事者間に争ないところである。
二、そこで先ず原告等は原告岩田と被告との間において前記根抵当権設定契約は合意解約された旨主張し被告はこれを争うので考えるに、原告等の右主張に沿うような成立に争ない甲第六号証の一中の供述部分、証人岩田喜作(第一回)の証言及び原告本人岩田信明の供述(いずれも後記措信する供述部分を除く)は成立に争ない甲第七号証の一、証人吉井政吉(第一、二回)、同杉本伊三男(第一回)の各証言(いずれも後記措信しない供述部分を除く)に徴し措信し難く、他に右主張を維持するに足る証拠はないから原告等の右主張は採用しない。
三、次に原告等は前記根抵当権設定契約を解約する旨告知したから右契約は解約された旨主張し被告はこれを争うので判断する。
成立に争ない甲第五、六号証の各一、第九号証の三、証人岩田喜作(第一回)により真正に成立したものと認められる同第九号証の一、二(但し被告作成部分の成立については当事者間に争ない)、証人岩田はつ、同岩田喜作(第一、二回)の各証言及び原告本人岩田信明の供述(いずれも前記措信しない供述部分を除く)を総合すると、原告岩田は沼津市内で反毛原料商を営んでいた実弟の右喜作から同人が昭和二八年暮頃より営業状態が思わしくなくなつたのでこれが挽回策として被告より更に融資の枠を増やして貰うため担保が必要だから提供して欲しい旨依頼されて前記一のとおり被告との間において根抵当権設定契約を締結した。ところがその後右喜作の業績は好転しないばかりか一層営業状態は悪化し、昭和二九年四月中に小切手等の不渡を出し従来からの取引銀行である被告からは当座預金取引を解約され、その所持する小切手帳も回収されてしまい、その上当時の借財は一千万円位にも達し、遂に同年五月五日には債権者会議が開かれ、その結果喜作に対する債権は債権者等において一年間返済期間を猶予し且つ無利息として債権者等協力一致してその再建方を計り、その後の経済状態を勘案して更に債権処理について協議すると云うことでその債務を整理する段階に入ることとなつた。そこで原告岩田は右債権者会議開催直後被告の本町支店へ赴き同支店長吉井政吉に対し最早これ以上喜作のため前記根抵当契約を継続することはできないからこれを解約したい旨申入れたことが認められる。而して右認定に反する成立に争ない甲第七号証の一の供述内容並びに証人杉本伊三男、同吉井政吉の各証言(いずれも第一、二回)は前掲各証拠に徴し措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで根抵当契約成立後短期間の間にあつても主債務者の資産状態が著しく悪化し、そのため債権者会議が開催され整理状態に入り且つたとえ与信者からその基本たる手形取引契約それ自体解約されなくとも主債務者の経済状態の悪化を理由として与信者と主債務者との間に従来開かれていたこれと別個の当座取引を解約されるに至つたような場合にして、根抵当契約に何等期間の定めもなく且つ特約なき限り物上保証人たる根抵当設定者において任意根抵当契約を解約し得るものと解すべきである。そしてそう解したからと云つて当該契約解約当時の残存する債務については当該根抵当権は普通の抵当権としてこれを担保することになるのであつて何等与信者の利益を害するものでもないし、又主債務者の資産状態が悪化し、与信者側より一部取引停止されるなど事態の変化があつてもなおかつこれが解約を許さぬと云うが如きは根抵当設定者に苛酷をしいる結果になるからである。
四、而して被告は原告岩田の右解約告知権の行使は権利の濫用として許されざるものである旨主張するので考える。
前記認定のとおり原告岩田は実弟の喜作から同人の経営不振を建直すべく被告から融資を得るため担保が必要であるから提供して欲しい旨依頼されこれを諒承して前記根抵当権を設定して被告から融資を受けたのにも拘らず僅か一カ月余を経過しないうちに右根抵当権設定契約を解約する旨意思表示をなしたことは被告主張のとおりである。然しながら原告岩田が右解約の意思表示をなすに至つたのは、前記認定のとおり右喜作の営業状態が更に悪化の一途を辿り、遂に債務超過のため債権者会議が開かれ整理状態に入らざるを得なくなつたこと、従来からの取引銀行である被告からも資産状態悪化を理由に当座預金取引を解約されるに至つたことなどの事情が重なり合つた結果によるものであるから右解約告知権の行使は信義則に照らし相当であると云うべきであるから被告の右主張は理由がない。
してみれば、原告岩田から被告に対する前記根抵当権設定契約解約の意思表示により当該契約は適法に解約され、将来に向つてその存立が終了するに至つたものと云うべきである。
五、従つて本件根抵当権は前記根抵当権設定契約解約により普通の抵当権として前記手形割引貸付契約に基き生じた右解約当時の残存債務についてのみ担保すべきところ、当該債務は(一)商業手形割引関係の債務が金六五万円、(二)手形貸付関係の債務が金二九〇万円であるところ、原告等主張のとおり昭和三三年六月五日迄に右債務全額支払済であることは当事者間に争ないところである。
そうすると、右弁済により被担保債権が消滅し、結局本件根抵当権も当然消滅に帰したものである。
六、ところで本件不動産のうち別紙第二目録記載の不動産については原告岩田から原告沼津塩業株式会社に対し原告等主張のとおり所有権移転登記手続がなされていることは当事者間に争ないところであり、右事実によれば反証のない本件においては当該不動産は原告沼津塩業株式会社の所有に属するものと云うべきである。
七、してみれば、原告岩田が別紙第一目録記載の不動産につき、原告沼津塩業株式会社が別紙第二目録記載の不動産につきそれぞれ所有権に基き被告に対しこれが根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める原告等の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(別紙)
第一目録
沼津市本字白銀町四八六番の二
一 宅地 三二〇坪四合四勺
右同所四八六番の五
一 宅地 四九坪
右同所四八六番の二
家屋番号白銀町第一四番
一 木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建工場
建坪 八七坪二合二勺
附属第一号
一 木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建車庫 一棟
建坪 八坪二合三勺
附属第二号
一 木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建便所
建坪 八合七勺
第二目録
沼津市本字白銀町四八六番の三
一 宅地 五二坪
右同所四八六番の四
一 宅地 四九坪